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写真の構図は「引き算」だけじゃないと思っている


写真は引き算、とよく言われる

写真を始めた頃から、何度も聞いてきた言葉があります。

「写真は引き算」

不要なものを消して、主題を整理して、できるだけシンプルに見せる。

確かにその考え方はとても大事だと思っています。

実際、背景の整理や視線誘導を意識するだけで、写真は大きく変わる。

どこを見せたいのか。 どこを削るのか。

そういう意識は、今でも構図を考える上で大切にしています。

ただ、自分が写真を撮っている時の感覚は、少し違うところにある気がしています。

自分は「足していく」感覚で撮っている

自分の場合、写真は何かを減らすというより、 風景の中にある要素を“繋げていく”感覚に近いです。

例えば、立ったまま見ている景色でも、少ししゃがむだけで世界は大きく変わります。

足元に咲いていた小さな花が前景に入り、 その奥に道が続き、さらに遠くの光へ視線が抜けていく。

立ったままでは見えていなかった関係性が、急に一枚の中で繋がる瞬間があります。

自分は、その瞬間を探しながら歩いているのかもしれません。

前景を入れることで生まれる奥行き

写真を撮る時、自分はかなり「前景」を意識しています。

特別な場所を探すというより、 今立っている場所の中で、どうやって奥行きを作れるかを考えることが多いです。

例えば、

  • 草や花を手前に入れる

  • 水たまりを使う

  • 枝の隙間から奥を見る

  • 光の抜け道を探す

そういう小さな要素を見つけることで、 ただ平面的だった景色に空気の層が生まれる気がしています。

もちろん、ただ物を増やせばいいわけではありません。

大事なのは、「どこに視線が流れるか」。 前景、中景、遠景が自然に繋がることで、

見ている人が写真の中を歩けるような感覚を作りたいと思っています。

この写真では、手前にあった格子をあえて前景として入れています。 ただ景色を真正面から撮るのではなく、 格子越しに空間を見ることで、「覗き込む感覚」が生まれる。

ぼけた格子が手前に入ることで視線の入口ができて、 その奥にあるマーケットの通路、さらに遠くの大きな窓へと自然に視線が流れていく。

自分の中では、こういう「視線の流れ」を作ることをかなり大切にしています。

ただ情報を増やしたいわけではなく、前景・中景・遠景を繋げることで、 その場の空気や距離感を一枚の中に閉じ込めたい。 写真は「発見」に近い

だから自分にとって写真は、何かを作り込むというより、 風景の中に最初から存在していたものを発見する作業に近いです。

花を置くわけではないし、景色を変えるわけでもない。

ただ、自分が少し動くことで、 今まで見えていなかった光や関係性が急に現れる。

写真って、その繰り返しだと思っています。

ほんの少し横に移動するだけで、背景の形が変わる。 少ししゃがむだけで、前景と奥が繋がる。

その小さな変化の中に、「写真になる瞬間」が隠れている気がします。

ずっと大切にしていること

気づけば、ずっと同じことをしている気がします。

綺麗な場所を探すより、 まず今いる場所をちゃんと観察すること。

光がどこから入っているのか。 風がどこに抜けているのか。 視線がどこへ流れていくのか。

そういうことを考えながら歩いていると、 何気ない景色の中にも、急に惹かれる瞬間が現れることがあります。

派手な絶景じゃなくてもいい。

静かな場所の中にある、小さな光や空気の奥行き。

そういうものを、これからも写真として残していきたいと思っています。


2件のコメント


paro051964
5月12日

勉強になります。とっても。m(._.)m

主人公(被写体)を引き立てる

脇役も必要だと僕も思います。

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藤原 嘉騎
藤原 嘉騎
5月12日
返信先

共感していただきありがとうございます😊

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